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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)1600号 判決

原告 青野俊治

被告 桜橋工業株式会社

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

第一、当事者の申立

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金五十万円及これに対する本件訴状送達の翌日より右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を各求めた。

第二、当事者の主張

原告訴訟代理人は請求の原因として次のとおり述べた。

一、訴外第一紙器株式会社(以下訴外会社と略称する。)は昭和二十七年九月一日その所有にかかる別紙目録<省略>掲記の物件(以下本件物件と称する)ことがあるを訴外北野笑二に対する金五十万円の債務の代物弁済として同訴外人に譲渡した(甲第五、六号証)。同訴外人はその際右物件を占有改定の方法により期間一年、貸料一ケ月金一万八千円の毎月末持金の定で訴外会社に貸賃した(甲第四号証)。

二、次に同訴外人は同年十月三十日原告に対する金五十万円の債務の代物弁済として右物件を原告に譲渡した。その際原告と同訴外人との間に同訴外人において原告の代理占有者として右物件を保官するが、原告より代理保管解任の申出があつたときは原告は何時でも右物件を適当に処置することができる旨の契約が成立した。

仮りに被告主張の如く訴外会社から訴外北野笑二に対する本件物件の譲渡が無効であるとしても、訴外会社から昭和二十七年九月一日同訴外人に次いで同訴外人から同年十月三十日原告に本件物件を順次に譲渡すると同時に引渡をしているから、訴外北野及原告はいずれもその占有中は、該物件につき善意無過失平穏公然にこれが占有を始めているから各々その占有と同時に順次に該物件の所有権を取得しているものである。

而して訴外北野は引続き訴外会社をしてこれを占有使用させていたが訴外会社は間もなく工場を閉鎖したため、同訴外人は最早代理保管の必要がなくなつたので昭和二十八年一月二十二日右物件を原告方へ搬入して原告にこれを引渡した。

三、その後原告は訴外会社の懇請により昭和二十八年二月六日同会社に対し右物件を賃料一ケ月金一万八千円毎月末持参払の定で賃貸した。ところが被告は昭和二十八年三月十六日訴外会社に債権ありと称し、訴外会社との和解調書正本に基く強制執行により訴外会社からこれが引渡を受けて処分してしまつた(甲第七号証及第二号証)、然し訴外会社は昭和二十八年一月十四日被告に対し本件物件は既に前記訴外北野笑二に譲渡しているもので訴外会社の所有に属しないものであることを告知していたもので、従つて被告は右強制執行当時右物件は訴外会社の所有に属していないことを知つていたものというべく、従つて又被告は故意又は過失により原告の所有権を侵害したものというべく、これにより原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

四、訴外会社は昭和二十七年二月二十三日創立し紙器製造の機械として当初本件物件を被告から賃借していたがその後被告から金五十万円で買受け同年九月一日訴外北野笑二に同訴外人は更に同年十月三十日原告へ両回とも同じく金五十万円宛で売買している事実に徴し被告が右物件を滅失せしめた昭和二十八年三月十六日当時における右物件の価格は金五十万円を下らないので原告の蒙つた損害は金五十万円を相当とする。よつて被告は原告に対し右不法行為により金五十万円及これに対する本件訴状送達の翌日よりこれが支払済に至るまで年五分の遅延損害を支払う義務がある。

被告訴訟代理人の答弁及抗弁(数字は請求原因のそれに対応)

一、本件物件が訴外会社の所有に属していたことは認めるがその余の主張事実を否認。

二、すべてこれを争う。

三、原告主張の日時その主張の如き和解調書正本に基づく強制執行により本件物件を訴外会社より引渡を受けたことは認めるがその余の主張事実はすべてこれを否認する。

A  被告は昭和二十八年一月十四日訴外会社との契約により本件物件の所有権を取得したものである。即ち訴外会社は同日被告に対し約束手形金債務金二十万円の支払義務あることを認め同年三月十二日限り持参支払うことを約し、その支払を確保するため本件物件の所有権を被告に譲渡したもので被告は同時に訴外会社をして右物件を代理占有せしめると共に支払を遅滞したときは直ちに本件物件を引取ることができることとしたものである。

B  次に訴外会社と訴外北野笑二との間に原告主張の本件物件の譲渡並貸借契約が締結されたとしてもそれは無効である。即ち

(1)  同訴外人は訴外会社の取締役であるから訴外会社の財産を譲受けるについては取締役会の承認を必要とするが原告主張の昭和二十七年八月三十日の取締役会は正当に招集されたものでなく取締役平井繁蔵に対しては何等の招集通知もなされて居らない。

(2)  同訴外人は、訴外会社より本件物件を譲受けるもので特別利害関係を有し当然取締役会の承認決議より除外せらるべきにも拘らず同訴外人はその決議に参加しているから右取締役会の承認の決議は無効である。

C  訴外北野笑二が仮りに本件物件を原告に売渡す契約を締結したものであるとしても原告主張の如く同訴外人が訴外会社より本件物件を代物弁済として取得し同時にこれを同会社に賃貸して代理占有せしめた後原告が同訴外人から本件物件を取得したものとせば何等かの形式により占有の移転が為されていなければならないのであるが原告と同訴外人及訴外会社との間に於てかかる事実は存在していないのである(甲第一、三、五号証)。従つて訴外会社が本件物件を原告の所有と知らずして被告に譲渡したとしても原告はその所有権を以て訴外会社に対抗し得ない筈である。況んや被告に対してその引渡又はこれに替るべき損害賠償を請求し得ないというべきである。

D  訴外会社は本件物件の処分権を有していたものである。Aに述べたとおり訴外会社が被告と本件物件の譲渡契約を締結した当時本件物件の所有権が訴外北野笑二にあると被告に告知したとしても被告が右契約書(甲第二号証)を訴外会社と交換するに際してはその前日たる昭和二十八年一月十三日に訴外会社代表取締役河野長七郎が取締役北野笑二を含む他の幹部に諮つた上でなければ契約書に調印できないと述べたので被告はこれを了承して契約書案を河野氏に預け翌十四日河野氏より北野、西窪氏等と相談の結果訴外会社の手形を被告において代払いし且その代払金支払を延期してくれるならば本件物件の譲渡をすると申出たので被告はこれを承諾し訴外会社との間に本件物件の譲渡契約ができたのである。従つて訴外会社は北野の承諾を得たものとして本件物件の処分権を有したのである。従つて被告は訴外会社より本件物件の所有権を取得したことにつき何等の不法不当もなく訴外会社その他の権利を侵害する意図は毛頭なくそれ以上の注意義務解怠の非難を受けるべき謂れはない。

被告の答弁及抗弁に対する原告の主張及再抗弁

一、被告が昭和二十八年一月十四日訴外会社から本件物件を譲受け、その引渡を受けたとしても、被告は当時訴外会社が該物件の所有者がないことを知悉していた所謂悪意の取得者だから該物件の所有権を取得し得ない(甲第三号証)。

二、被告答弁Dの事実は否認する。

三、昭和二十八年一月十四日訴外会社と被告との間に締結された甲第二号証の本件物件の譲渡契約は通謀虚偽表示であるから無効であり従つて被告は本件物件の所有権を取得し得ないものである。盖し同日被告会社代理人押田運八郎が訴外会社代表取締役河野長七郎に対し右契約の締結を強要したので右河野は同代理人に対し本件物件は既に訴外北野笑二に譲渡し、同訴外人は更に譲渡して居り、訴外会社は訴外北野笑二から賃借している訳であるからこれを担保として被告に提供することはできないといつて拒絶したところ、同代理人は訴外会社が右契約の締結に応じなければ訴外会社から支払延期懇請中の訴外会社振出の約束手形の支払延期には応ぜられない。直にこれを不渡処分に附するとおどした。当時訴外会社は再起のため努力の最中であつたので、不渡処分が発表せられることは会社の再起を不能ならしめるのであるので已むなく右契約を締結したので、被告は本件物件が訴外会社の所有でないことを知悉しながら、恰も訴外会社の所有であるかの如くして右譲渡契約を締結したものであるからかかる譲渡契約は民法第九四条により無効である。

第三、証拠方法

<省略>

三、理  由

一、証人河野長七郎の証言によつて成立の認められる甲第四号証と同証人の証言及証人北野笑二の証言を綜合するときは昭和二十七年九月一日訴外会社代表者河野長七郎と訴外北野笑二との間に訴外会社はその所有にかかる本件物件を同訴外人に対する金五十万円の債務の代物弁済として譲渡すると共に同訴外人は右物件を期間一年賃料一ケ月金一万八千円毎月末持参払の定で訴外会社に賃貸する旨の契約が締結せられたことが認められる。右認定を覆す資料はない、ところで被告は本件物件は訴外会社の財産であるからこれを同会社の取締役なる訴外北野笑二に譲渡するについては取締役会の承認を有するところ昭和二十七年八月三十一日訴外会社の取締役会には取締役平井繁蔵に対して何等の招集通知もされていないし又訴外北野笑二は訴外会社より本件物件を譲受けるもので特別利害関係を有し従つて当然取締役会の承認の決議より除外せらるべきものであるに拘らず同訴外人は右承認の決議に参加しているから右決議は無効であり、従つて右譲渡契約は無効なる旨主張するにより、この点につき考察するに、証人西窪重良兵衛の証言によつて成立の認められる甲第五号証、同証人の証言、証人河野長七郎、同北野笑二同平井繁蔵の各証言を綜合するときは訴外会社は本件物件を取締役である訴外北野笑二に譲渡することにつき取締役会の承認を求めるため昭和二十七年八月三十日取締役会を招集したのであるが、当時未だ辞任していなかつたと見るべき取締役平井繁蔵に対し何等招集の手続をなさず他の取締役たる河野長七郎と同北野笑二の二人で承認の決議を為したものであることが認められる。そうすると右取締役会は一には取締役平井繁蔵に対し適法の招集手続を為していない瑕疵があり、二には商法第二百六十条の二第二項の準用による同法第二百四十条第二項第二百三十九条第五項に依り特別利害関係人として議決権を行使し得ない訴外北野笑二が議決権を行使している瑕疵があり、いづれも取締役会の決議無効原因と解するを相当とするが故に右取締役会承認の決議は到底無効と断ぜざるを得ない。従つて訴外河野長七郎が訴外会社の代表者として訴外北野笑二との間に締結した前記本件物件譲渡契約並賃貸借契約は無権代理行為としての効力を有するに過ぎない。然るに訴外会社が右無権代理行為を追認したことは原告の主張並に立証しないところであるから結局右契約は訴外会社の追認を欠き従つて無効に終つたものと結論せざるを得ない。次に原告は訴外北野笑二において右譲渡契約締結に際し、訴外会社から平穏公然に且善意無過失で本件物件の占有を始めているから即時に本件物件の所有権を取得した旨主張するけれども、民法第百九十二条は譲渡人の無権利者なる場合に適用すべき規定で右認定の如き譲渡契約自体の無効なる場合に適用すべきでないから原告の右主張は採用に値しない。従つて同訴外人は本件物件の所有権を取得できなかつたものと断ぜざるを得ない。

二、次に証人北野笑二の証言によつて成立の認められる甲第一号証に同証人の証言及原告の供述を綜合すれば昭和二十七年十月三十日原告と訴外北野笑二との間に同訴外人の原告に対する金五十万円の債務の代物弁済として本件物件を原告に譲渡すると共に同訴外人において原告の代理占有者として右物件を保管するが、原告より代理保管解任の申出があつたときは原告は何時でも右物件を適当に処置することができる旨の契約が締結せられたことが認められる。そこで原告はその主張の如く右訴外人より本件物件の譲渡を受けるに際し平穏公然且善意無過失で占有を始め、従つて民法第百九十二条により本件物件の所有権を取得したかに付検討することとしよう。前段認定の如く訴外会社が昭和二十七年八月三十日本件物件を訴外北野笑二に譲渡する旨の契約を締結した際同時に同訴外人において右物件を訴外会社に賃貸する旨契約を締結したものである。即ち右譲渡契約については同訴外人において右物件の引渡を受けないで占有の改定を行つたことは明かである。而して占有改定の目的を成す法律行為が有効であることは占有改定に必要な要件ではないと解すべきであるから訴外会社の訴外北野笑二に対する前記本件譲渡契約(従つて又同訴外人の訴外会社に対する右物件の賃貸契約)が前段認定の如く無効なるに拘らず右占有改定はそれ自体としての無効原因の存することの認められない本件においては有効と認める外ない。従つて訴外北野笑二は昭和二十七年八月三十日以降本件物件につき訴外会社を代理人とする代理占有を取得したものというべきである。そうすると原告が同訴外人から本件物件を民法第百九十二条により取得するについて必要なる占有権の移転は民法第百八十四条により同訴外人より占有代理人たる訴外会社に対し原告のために占有すべき旨の指図あることを要する訳である。そこで指図による占有移転がなされたと見るべきかに付考察するに前記甲第一号証成立につき争のない甲第三号証及証人河野長七郎同西窪重良兵衛の各証言の供述を綜合してみるに後記認定の訴外会社と被告会社との間に本件物件につき譲渡(担保)契約の締結せられた昭和二十八年一月十四日当時まで訴外北野笑二において右指図を為した形跡はない。本件物件を原告に譲渡したことを被告会社に報らせた旨の証人北野笑二の証言は前記証拠に照らして到底採用できない。他に右認定を覆す証拠はない。次に原告は昭和二十七年十月三十日訴外北野笑二と本件物件の譲渡契約を締結した際同訴外人よりこれが引渡を受けた旨主張するけれども原告の全立証を以てしてもこれを認めるに足らない。

右認定の事実によれば原告と訴外北野笑二との間に本件物件につき譲渡契約の締結せられた昭和二十七年十月三十日より前記昭和二十八年一月十四日までの間に原告は民法第百九十二条に所謂即時取得に必要なる占有を取得していなかつたのであるから即時取得に必要なるその他の要件について判断するまでもなく原告は右昭和二十八年一月十四日当時本件物件につき所有権を取得していなかつたものというべきである。

然しながら原告は昭和二十八年一月二十二日訴外北野笑二より本件物件の引渡を受けた旨主張するのでこれにより原告主張の即時取得の要件が充足せられたかどうかに付考察するに証人河野長七郎同北野笑二の各証言及原告の供述によれば原告主張の日時頃原告において当時訴外会社の工場に据付けてあつた本件物件たる機械を被告会社が持去ることを虞れてこれを引取つたことが認められるが即時取得の要件たる前主の無権利者たることについての善意(不知)は占有取得の際存在することを必要とすべきは民法第百九十二条の解釈上疑を容れないものというものというべく而して原告が右引取当時は後記認定の如く訴外会社か本件物件につき被告会社に譲渡していたのであるから原告としては直接占有者たる訴外会社や上記認定の如く本件物件を持去る虞のあつた被告会社について本件物件の権利関係を調査すべきに拘らず調査せずに急拠持去つた事情に徴し到底原告は訴外北野笑二の無権利者なることの善意につき無過失とは認め難い。

そうすると原告は遂に本件物件の所有権を取得しなかつたものというべきである。

三、成立につき争いのない甲第二号証乙第一号証の一に証人河野長七郎同押田運八郎同佐藤正和の各証言を綜合するときは昭和二十八年一月十四日訴外会社被告との間に訴外会社は被告に対し約束手形金債務金二十万円の支払義務のあることを認め同年三月十二日限り持参支払うこと、訴外会社は右債務の担保のため本件物件の所有権を被告に譲渡すること被告は訴外会社をして右物件を代理占有せしめること、訴外会社において右支払を遅滞したときは直ちに被告において本件物件を引取ることができること並にこれにつき裁判上の和解契約を締結すべき旨の契約が締結されたことが認められる。原告は右は訴外会社と被告と通謀して為したる虚偽の意思表示であるから無効なる旨主張するにつき考察するに前記甲第二、三号証に証人河野長七郎(一部)同北野笑二同押田運八郎同佐藤正和の各証言を綜合するときは訴外会社の代表取締役たる河野長七郎において被告代理人押田運八郎と右契約締結に際し、本件物件が訴外北野笑二に譲渡されている旨念達したことは認められるが、それは本件物件を担保として被告に提供することにつき同訴外人の同意を得られなかつたので将来同訴外人との間に紛議の起ることを虞れたためであつて真実譲渡の意思がなかつたものとは認め難く殊に被告代理人たる押田運八郎は右河野長七郎の告知は単に口実に過ぎないものと考えていたもので固より譲渡を受ける意思があつたものと認むべきである。右認定に反する証人河野長七郎の証言は信用できない。よつて右契約が通謀虚偽表示であるとの原告の主張も採用できない。そうすると被告は当時前段認定の如く本件物件の所有者であつた訴外会社から右契約により本件物件の所有権を正当に取得したものというべく被告が原告主張の和解調書正本に基き訴外会社から本件物件の引渡を受けたこと(このことは当事者間に争がない)は正に権利の行使であつて、これにより何等原告の権利(原告が本件物件につき所有権を取得しなかつたことは既に認定したとおりである。)を侵害するものではないから原告の権利侵害を理由とする本訴請求はその余の争点につき判断するまでもなく失当として棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 庄田秀麿)

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